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interview

タイトル

FUCK ON THE HILL特集 横山健 x 磯部正文 スペシャル対談

『FUCK ON THE HILL / PUNKROCKERS BOWL』で対バンした事をキッカケに実現したこの対談。
旧知の間柄(横山健が、HUSKING BEEの『GRIP』をプロデュースした事もあり)というだけではなく、バンド活動を経ての『本人名義のソロ活動』という共通項。さらには、名曲『WALK』という共通項。今だからこそ聞きたい話がたくさんあります。

今明かされる、14年越しの秘話!

interview by 高橋美穂
photographs by SKC

――ありそうでなかった気がしますが、この組み合わせで対談って、今まであったんですか?

KEN ないよね?

磯部 いや、僕、とってあるんですけど、昔のオリコンで。

KEN あ、あったあった(笑)。『GRIP』録ったのが96年くらいでしょ?だから13、4年前にやったんだよね。

――そう考えると、それ以前からの付き合いですもんね。

KEN そうね。

磯部 その前から、僕は一方的に見てましたけど。何せハイ・スタンダード見て、自分もバンドやろう、みたいに思いましたから。元々歌を歌いたくて東京に来たんですけど、どんなバンドをやればいいのか、バンドを組むべきかもわからなくて。その時にハイ・スタンダードを見て、凄い!と思ったのがキッカケなんですよね。

KEN イッソンはハスキング・ビーのメンバーとして知り合ってね。スナッフィー(・スマイル)から出た7インチでハスキング・ビーって名前を覚えたんだけど。最初に話した時も覚えてるけどね。

磯部 (笑)。僕、もう神様でしたから、KENくんは。あの人に認められたい、いいと思われたら最高だって思ってて。だから最初に話したのは、シャーベットが難波くんプロデュースでアルバムを出すことになってた頃で、KENくんがハスキンを気に入ってくれてるらしいって話は聞いてたんですけど、ギグアンでライヴが終わった時に、KENくんが来てくれてて、『俺、プロデュースしたいんだよね』って言われたんだけど、頭真っ白になっちゃって、『あ、わわわわ……(声にならない)』って(笑)。

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――いきなり最初からプロデュースの話をしたんですか?

KEN 正式な会話としては初めてだよね。いや、それまでね、ドラムの奴と仲良くて。そいつとばっか話してたから。

磯部 僕は、いいなあと思ってました。気軽に話しかけられなかったから。

KEN それで、ドラムの奴に、改めて『うちのギター&ヴォーカルです』って紹介されて、その時に『あの、俺、ハスキング・ビー凄く好きだから、(一緒に)やらない?』って言って。それでイッソンが固まってるシーンを、写真のように覚えてる(笑)。

磯部 凄い!って思ってるんだけど、何て言っていいかわからなくて(苦笑)。

KEN 当時、ハスキング・ビーってバンドは、スナッフィー・スマイルって7インチ専門のレーベルから出したこともあって、そういう思想パンクなイメージがあったの。ハスキング・ビーもあれだけ大きくなったから信じられないかもしれないけど、元はそここだったの。精神的なとこで繋がってるパンク連中だったのね、バンドとして。だからね、俺のこと嫌いなのかなって思ったんだよね、固まられた時(笑)。

磯部 僕は広島から出てきて、そんなに音楽知識がなくて、ドラムのレオナにいろんなことを教えてもらって、そんな中で、僕の友達にスナッフィーっていいレーベルがある、パンクのことを凄く真剣に考えていてっていうことを聞いて、それでいざ出させてもらったんだけど、僕は狭間にいたんですよ。難しいファンジンとか読みながら、わかるところもあれば、全然違うと思うところもあって。頑なって何だろう、でも自分も頑ななところもあるし、共通する部分はあるんですけど、なぜ僕はパンクを聴いて、凄く惹かれるのか、音楽だけに関わらず、パンクを感じるものが好きな理由とかを、物凄い必死で探してたんです。一言で答えられるようになりたくて。で、KENくんと会った時は、ようやくその答えを見つけそうな時だったんですよ。スナッフィーにいいと思うとこともあれば、そうではないもどかしさもあって、僕は僕で考えていることがあるけど、スナッフィーと比べたら曖昧だなって。でもKENくんやハイスタが織りなす、そのシーンを変えていくっていう芯のある変え方は、言葉が必要ないくらい感銘を受けてました。

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KEN でも、結構当時一大決心だったと思う。スナッフィーの近辺にいたバンドが、ハイ・スタンダードのメンバーと一緒に作品を作るっていうのはね。ちょうどスナッフィーが、ハイスタのことをディスりはじめた頃だったの。元々ハイ・スタンダードはスナッフィーと仲良くて、そこから7インチ出したりしてて、だけどメジャーと組んでアルバムを出すってなったら、ディスられはじめちゃってね。

磯部 パンクじゃねぇって。

KEN そう。対立じゃなくて、一方的に僕らが言われてただけなんだけど。バンドをやってる以上は人前に出たいっていう本能があると思うんだけど、そこと思想とでぶつかっちゃってね。だけど、その頃に俺は、磯部青年の運命が決まったんだと思うね(笑)。

磯部 (笑)。うん。こういう機会だから言いますけど、その頃SNUFFとかBAD RELIGIONとかいろんなバンドを知って、だけど自分が生きてる中の出会いで、全然違う職業だけどパンクを感じる、みたいな瞬間もあって、これって何だろうって。スナッフィーの人たちにも、『じゃあ磯部は何でパンクが好きなんだ?』って訊かれてたし、KENくんとか、どんな人にそれを訊かれても……僕はKENくんと一緒にやる時に、これからこう答えるようにしようって決めたんですけど、強く生きようという思いを感じるものにパンクを感じるっていう。僕はそれでいいって思ったんです。音楽に代表される言葉ですけど、自分がパンクが好きな理由はそういうことだから。でも、その後、スナッフィーの人たちの目が変わったとかはありましたね。挨拶しても全然返ってこないとか(苦笑)。

KEN 俺もそうだったよ。挨拶しても、『うん?』、『はいはい、セルアウト』みたいなね。海外の昔のインタヴューで読むような世界がそこにあったって言ってもおかしくないんだよね、今思い起こすと。今は考えられないよね。あ、でも、それぞれの街にそういうことって今でもあるのかもしれないけどね。

磯部 その人たちのモラルだったりとか、許せないことがあると違うように見られるのはあるかもしれないですよね。でも、自分はそういうことがないようにって思うタイプなんだろうし、僕、曖昧だから、好きなものころころ変わるし(笑)。そういう人生だな。好きだと思ったら好きになるし。でも、プレゼンはいいですけど、自分の押し付けるのはどうなのかなって、その頃もの凄く考えてましたね。ちゃんとファンジン読んで。自分もファンジン作るべきかなとか。

KEN 当時のファンジンは、俺もこっそり読んでたけど、面白かったね、今考えると。

磯部 はい。

KEN 今みたいにインターネットがあるわけじゃないから。ファンジンって何かっていうと、自分で文章を書いて、コピーして、ライヴハウスの出口で配るの。俺の考えこうだから読んでくれって。それがファンジンだったんだよね。そこで、好きなアルバム紹介したりとか、自分の思想を紹介したり、ハードコアのシーンでこんなことがあるとか書いたり。セルフインタヴューしてる人もいたよね。面白い手法だなって思ったな。

磯部 ごもっともな意見もあったり。そういうことを読んで、僕の音楽の何が、どうすればいいんだっていう、凄い葛藤もあったんです。でも、それを覚えさせられるだけでも、そんな悪い気分じゃなかったですね。僕の友達、バックドロップのメンバーとかは、当時から仲良かったですけど、むちゃくちゃ言ってましたけどね、関係ねぇって。そういう人もいるし、僕みたいに難しく考えちゃう、狭間にいる人とかもいて。いろいろいましたね。『私、狭間にいるんであります』っていう(笑) 。

KEN (笑)そうそう、露骨におたおたしてる奴もいたもんね。それで人生悩んでる奴とか。だからね、なんて表現したらいいのかな、俺たちみたいなバンドのシーンっていうのかな、そういうのの黎明期で、そういうのはそういうので必要で、大切だったんだと思う、思い返すと。すっごいちっちゃな中で行われていたことだけど、俺にもイッソンにも、音楽を続けていく上で、絶対に影響を与えてるしね。あの人たちを納得させなきゃいけないとか、あの人たちを関係ねぇと思う気持ちがなきゃいけないとか、いろんなものを考えさせてくれたというか。

磯部 少なからず音楽作る時に物凄いありましたね、これでいいのかしらって。

KEN ほんとイッソンなんか、俺から見たらそっちどっぷりでさ(笑)。だから、怖かったの(笑)。

磯部 僕としては、KENくんに声かけてもらって、もんのすごく嬉しいだけだったんですけど(笑)。トンじゃって、今まで生きててよかったー!って思ってるんですけど、KENくんとしては気になってるのかなって、後で知って。

――歴史がひもとかれるような話がいきなり聞けましたが、そもそも、プロデュースしたいと思ったのは、何でだったんですか?

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