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column

SATANIC ART CHRONICLE Vol.14 by Hirotton

シーンの中でバンドのリリースする作品のアートワークやマーチャンダイズのデザインを手掛けるデザイナーやアーティストたち。彼らのデザインは音源の顔として我々の印象に残っていき「あー! あの飛行機のジャケのやつね!」なんていう会話に繋がっていく。
SATANIC CARNIVALでも、シーンで活躍するアーティストが多々参加している。本企画"ART CHRONICLE"では、このシーンにいるアーティストに彼らのルーツを紹介してもらう。そのルーツは少なからずアーティストに影響を与えているし、このシーンが好きなのであれば知っておくべきレジェンドたちだ。
アーティストに教えてもらえるアートのお話、"ART CHRONICLE"。第14回はHirottonがリコメンダー。Heroin skateboardsのボスでありグラフィックデザイナーのMark Fosterをピックアップ。

Profile Hirotton


ドローイングアーティスト/デザイナー。2012年に拠点をロンドンから東京へ移す。数々のバンドのマーチャンダイズ、アートワークを手掛けつつ、ファッションブランドやHeroin skateboardsといったスケートブランドともコラボレートする。自作のシルクスクリーンを用いたアート、アパレルプロダクトも幅広く支持されている。
https://www.instagram.com/hirotton/
http://hirotton.com/
https://hirotton.theshop.jp/

Hirotton SELECT.05:Mark Foster

Mark Foster通称Fosはロンドン発、現在はLAで展開しているHeroin skateboardsのボスであり、グラフィックアーティストとしての顔も持っている。

スケーターであればおそらく彼のアートワークを一度は目にしているだろう。
Heroin skateboardsはスケートを始めた10代の頃から、今に至るまで間違いなく自分のフェイバリットスケートブランドである。
FosのスタイルもあってHeroinのライダーには独特でパンクなスケーターが多く、 それと同時に奇抜な板のグラフィック、色使いが当時10代のおれにとっては衝撃的で多くの影響を受けた。
 
Heroinのライダーに日本人がいたこともあり、Fosは当時、年に何回かのペースで来日していた。 
オレが初めて出会ったのは大阪の三角公園だったと思う。
 
自分もお世話になっているOsaka Daggersというチームの名前は、Fosが名付け親で、映画『THRASHIN』に出てくる悪役チーム ‘DAGGERS'に由来している。
オレにとってHeroinのライダーのスタイルが衝撃的だったように、FOSにとっても大阪の三角公園で滑るHeroinの日本人プロライダー、’Chopper'とその周りのスケーターの多くが "DAGGERS"のように革ジャンを着てパンクの姿勢に基づき、オリジナリティーを追求してスケートしているのが衝撃的だったらしい。
 
オレはFosや、Osaka Daggersとの出会いがなければおそらくロンドンにはいなかっただろうし、 今の生き方はしていなかったと思う。
 
FOSのことを尊敬している理由はいくつかあるが、大きな理由の一つとして、自分でスケートカンパニーを運営していながら、 多くの別のスケートブランドのグラフィックも積極的に手掛けていることがある。
スケートブランドのボスでもあり、アーティストとしてのプライドもあるからだと思う。
おそらく概念にとらわれずこんなスタイルを貫いているのは彼だけだと思う。
 
それから数年が立ち、2012年にオレが本帰国して、アート活動で生きていこうと決めた頃、最初に連絡をとったのがFosだった。
1つの夢だった、自分がデザインしたデッキをHeroinから出したいという話を、メールで長々とその頃描いたアートワークと一緒に彼に送った。 
十代の頃では叶うはずもない夢だったけど、その頃はもしかしたら手が届くかもしれないと思っていた。 
 
Fos からの返答はこうだった。
 
”Hiro、お前の気持ちはすごく嬉しい、アートワークもじっくり見させてもらったよ。でも現段階でのお前のアートワークはお前自身のものではなくいろんなアーティストの影響を受けて構成されている。でもそれは悪いことではない。 描き続けることが重要だ。自分のスタイルを創りあげろ。オレ自身TOY MACHINEに初めてグラフィックを提供するまでに何年もかけて’それ'を探したよ。お前も真剣なようにオレも自分のチームには真剣に取り組んでいる。友達というだけでオファーするわけにはいかないんだ。これからのお前のアートワーク楽しみにしてるよ、その時が来たらオレからオファーするから。"
 
正直、この返信はオレにとっては嬉しかった。Heroinのデッキは今までこうやって純粋で公平に厳選されて創られていたんだ、間違っていなかったと思った。 
それから日々時間をかけて描き続け、スタイルを模索して活動を続け、2016年に突然Fosからデッキデザインのオファーの連絡が来た。
あんな震えるくらい高まる感覚は久しぶりだった。 
Fosは、その後オレが1ヶ月ほどかけて描き上げたファーストデザインを気に入ってくれて、それからデザインのオファーをよくくれるようになった。
今までで通算15枚ものデッキをHeroinにデザインさせてもらっている。
 
 
ふと、この経緯を振り返ると感慨深いけれど、長年信じていたことを信じて行動に移すことで直面する新しい壁も、新しい景色も確実に存在する。