このサイトはJavaScriptがオンになっていないと正常に表示されません

culture

タイトル

THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION Vol.03 豊島”ペリー来航”渉 from Ikebukuro Live Garage Adm

SATANIC ENT.はライブハウスから生まれるシーンを紹介するメディア。では、ライブハウスではバンドやアーティスト以外にどんな人が働いているんだろう? ライブハウスの店長さんやスタッフさんはどんな経緯を経て、そこで働いてるんだろう? 言わば"ライブ職人さんたち"に、そんな疑問をストレートに投げつけまくるのが本企画"THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION"! 登場するのはPA、照明、バンドのマネージャーさんやレコーディングエンジニア、ライブハウスシーンを取り巻く人を徹底追求!

第3回目は池袋のライブハウス、Ikebukuro Live Garage Adm(以下、Adm)の店長さん、豊島”ペリー来航”渉さん。ーっていうか、ご存知、バックドロップシンデレラのGt&Voでございます。というわけで今回はバンドの結成当初の話や音楽の話もたっぷり教えてもらい、特別に前後2回にわけて掲載! 第1回目はライブハウスの話やお仕事の話。


INTERVIEW


_K__0553本データ

オーナーからの「Admでイベントやってくれ」がキッカケで


ーこの連載企画はシーンの職人さん、いわゆる裏方の人にお仕事の内容を聞いたりするんですが、まさかの豊島”ペリー来航”渉さん aka バックドロップシンデレラのGt&Vo。ということで、ステージ上の人でもあるわけなのでビビってます。池袋のライブハウス、Admの店長さんなんですね。

豊島”ペリー来航”渉(以下、渉):そうです。

ーどんな経緯でAdmの店長になられたんですか?

渉:当時やっていたバンドでAdmに出演したのが2000年くらいで、勤め始めたのは確か、2002か2003年くらいだったような……。ちゃんと覚えていないんですけど、そのくらいだと思うんですよね。ブッキング担当としてAdmに入って、その2、3年後くらいにバックドロップシンデレラを結成したと思います。

ー当時、渉さんは何歳だったんですか?

渉:1977年生まれなんで、当時は23、24歳くらいですね。今はえっと42歳なのかな? もう自分の年齢も覚えていないくらいのもんで(笑)。

ーわかります。私も今何歳なのか即答できません。やはりバンドをやっていたからライブハウスで働こうと思ったんですか?

渉:いいえ、その頃、バンドをやっていてお金がなくて、キャバクラの客引きをやっていたんですよ。最初は池袋でやっていて、その後は歌舞伎町でやって。で、給料が歩合性だったんですね。最初は稼げなかったんですけど、歌舞伎町でだんだん稼げるようになってきて、そのうちにバンドマンとは思えないお金を稼ぎ出すようになってきたんですよ。

ーおお〜。いやらしい話なんですけど、どんぐらい稼いでたんですか?

渉:最高時は月70万円くらい稼げたり。

ーすげぇ!

渉:すごく変動しますけどね、業界的に。で、その当時、Admの経営が思わしくない、と。僕がやっていたバンドもそのときはAdmに出ていなかったんですよ。


_K__0622本データ

ーAdmに出ていないのは理由があったんですか?

渉:ライブハウスにはハコ仕切りで行うイベントがあって、そのライブハウスに出入りしているバンドを呼んでブッキングライブを行うんですよ。それが良くなくて。当時の店長とケンカして「もういいです、出ません」って言っていたんです。そしたらAdmのオーナーの方から『出てくれ。もしくは、ブッキングがそんなに信用できないのであればイベントをやってくれ』って連絡をもらったんです。それで、まぁ、繋がりもあるライブハウスだったので1回はやるか、と。それで自分も含めて出演バンドを集めて、それなりにお客さんも入り成功したわけです。そこで『よかった、よかった、ありがとうございました』と。

ーって、なりますよね。

渉:そしたら次の日から『Admでブッキング担当として働いてくれ』っていう電話がかかってくるようになって。

ーそうなっちゃいますよね。イベントが成功したわけですから。

渉:でも、その頃は歌舞伎町で稼げていたので『ちょっとAdmさんのお給料じゃやれないですよ』みたいな感じで受け流していたわけです。そしたらですね、実は担当していたキャバクラの経営状況が非常にマズいことになっていたようで、それなりの成績を出しているのにお給料が払われなくなっちゃったんですよ。まぁ、そのうちに払ってくれるだろうとタカをくくっていたら、ある日店ごと飛んで。

ーうわ、そんなことあるんですね。

渉:まぁまぁ"水商売あるある"なんですけどね。結局、数ヶ月分の給料がまったく払われずに終わっちゃって。そしたら全然お金がないわけですよ。これはヤバイぞ……と思ってAdmに「あの話ってまだ生きていますか? とりあえず1ヶ月前払いで給料もらえるならやります」って伝えて(笑)。で、ブッキングマネージャーとして入ったんです。それから4、5年ほどして店長がいなくなったタイミングで自分がなりました。


_K__0608本データ
_K__0610本データ
_K__0613本データ
_K__0615本データ

Admは池袋のサンシャインシティの近く、ざっくり言うとハンズの裏側くらいに位置する。入り口の階段はこのように「伝説のすた丼」と同じ。階段を降りて、すた丼を通り過ぎると入口が見えてくる

_K__0460本データ

限りなくバイトに近い感覚で 感覚的にはバンドマン


ーなるほど。それが何年くらいなんですか?

渉:具体的な時期は覚えていないんです。僕としては役職は何でもよかったというか。というのも、店長とブッキングマネージャー時代ではあんまりやっていることが変わらなくって。社員でもないですからね、オーナーとの口約束だけで雇われているみたいな感じでして。Admに入るときにオーナーに「あくまで自分のバンドを第一に優先したいです。それでもいいならやります」って話をして『いいよ』って言ってくれたから働き始めて、それが今まで変わっていないんですよ。そんな自分みたいなもんが店長で他のスタッフも社員扱いなのはいないし、限りなくアルバイトみたいな気持ちでやっているので。まぁもちろん名前は店長なのでそれなりの責任感はもちろんあるんですけど、自分の意識的にはバンドマンですって感じです。だからブッキングマネージャーだろうが店長だろうが、あんまり関係ないんですよ。

ーちなみに、ブッキングというのは具体的にどんなことをやるんですか?

渉:ブッキングというのはライブハウスのスケジュールを決める仕事ですね。ライブハウスは基本的には毎日ライブをやりたいので、Admに出たいって言ってくれているバンドを「じゃあこの日はどうですか?」ってやり取りをしながら進めていきます。イベントに出演するのがアマチュアバンドだったら4バンド5バンド対バン形式でやりたいので、そこの組み合わせを考えて。同時に貸し切りイベント、例えば軽音サークルの卒業ライブだとかを受け付けて、当日支障なくやれるようにケアをしながらコミュニケーションを取っていきます。基本的にはそんな感じでスケジュールを決めて、滞りなく軌道修正を入れながらやっていく仕事だと思っています。


_K__0630本データ

ー今でも渉さん自身がブッキングイベントを組むことはあるんですか?

渉:そうですねぇ。副店長もいるので割と任せている状態ではあるんですけど、僕じゃないと組めないイベントとかもあったりとかするので、そういうのはやっています。逆に僕では呼べないバンドを他スタッフが担当したり。できるだけ色んなバンドに出演してほしいですからね。

ー渉さんがブッキングマネージャーだった頃、今もそうかもしれないのですが、ブッキングするうえで大切にしていることはありますか?

渉:自分がバンドマンだからだと思うんですけど。いわゆる"ライブハウスのブッキングは信用ならない"っていうのが、どうしてもバンドマンの頭にはあると思うんですよ。特にお客さんがどれくらい入るのかっていう点で。僕自身、同じ理由でAdmに出ないって言ったこともあったくらいなんで。なので、ブッキングするバンドが10人お客さんを呼べるバンドであれば、同様に10人呼ぶバンドと組み合わせようとしますね。それは20人、50人でも同様です。やっぱり、誰でも多くのお客さんの前でライブをやりたいと思うと思うので、その頑張りに応えてあげたいというか。逆に言うと、バンド側にその頑張りが見えてこないとどうしても難しいというか。

ーお客さんの数。確かにブッキングで"初めまして"の状態でバンド同士が集まる以上、重要ですよね。

渉:はい。お客さんが1人、2人しかいないバンドを20人のバンドと対バンさせてしまうと20人のバンドの信頼を失ってしまうので。そこは考えますね。もちろん、集客が悪くても個人的に好きなバンドとか、もっと頑張ればいけるんじゃないかって思うバンドは特例としてのヒイキとして(笑)。ギリギリ関係が崩れない程度の絶妙なところを突いて推していけたらいいなと思ってやっています。数字だけでドライに割り切れるものではないですからね。


_K__0498本データ
_K__0496本データ

ーやはりライブハウスでバンドを育てていくという考えがありますか?

渉:うーん。時代的にもライブハウスの意志でバンドを売っていくってことが難しい世の中だと思いますね。結局のところはバンドの力であり、バンドの意志なんですよね。そのバンドの中心にいる人、もしくはマネージメントがついた場合の人の力とか、そういうものでバンドは伸びていくものだと思うので。だから「そういうもんだぞ!」という教育というか。バンドが知らないことがあったらこっちも教えていくし。Admはこういう小さなキャパのライブハウスなんで、ある意味道場みたいな部分もありますね。

ーバックドロップシンデレラを好きなバンドも出演すると思うんですが、そういう若いバンドマンから相談も多かったりするんじゃないですか?

渉:それがですね。年齢的なこともあるのか、若いバンドがあんまり相談してくれなくなってきている感じではあるんです(笑)。でも、バックドロップシンデレラで活動をしていても思うのは、人気を得て活躍していくバンドは圧倒的にエネルギーの総量が大きい気がしていて。特にAdmというライブハウスの視点から言えば、音楽のセンス云々よりもやる気がある方が結果が出るのでは?と若干思っています。Admくらいのキャパを満員にするようなバンドになったとき、そこからさらに上を目指して活動していくのであれば音楽性ってすごく重要かもって。すごくセンスが良いんだけど、ちょっとマンパワーが足りないことで浮かび上がってこれなかったり、もったいないんだけどそのまま終わってしまうバンドがライブハウスのシーンにはけっこういると感じるんです。空回りするくらいやる気があるバンドだったら下手でも多少ダサくても、Admくらいのキャパだったらそこそこまで持っていけると思うんですけどね。結局のところ本人たち次第だっていうのは、もう20年もライブハウスで働いていると悟り的な感じで思っちゃいますよね。


_K__0490本データ

ブッキングをやるならライブハウスに通う 人脈と人柄がもっとも重要



ーでは、どうすればライブハウスのブッキングマネージャーになれますか?

渉:昔はライブハウスのブッキングは花形の仕事だったかもしれないですけど、多分、今はまったく人気がない仕事だと思うので、やりたいなんて考えられる人がいるんだったら、ブッキングとして働きたいライブハウスに片っ端から電話して、見習いでいいからやらせてくれって言えば興味は持ってもらえると思います。逆にブッキングを担当したいライブハウスが明確に決まっていて、しっかりとやっていきたいのであれば、即戦力であればあるほど重宝されると思うので『自分が入れば、こんなイベントが3、4ヶ月に組めます』ってことを提示すれば、働けるかもしれないですね。やっぱり、ブッキングをやるにはライブハウスに通っていないといけません。バンドマンと知り合いじゃないといけないですから。ほぼほぼ人脈と人柄だけの仕事なので。

ーすごく勉強になります。今さらなんですが渉さんの生い立ちを聞いてもいいですか?

渉:東京の板橋で、豊島家の次男として生まれまして、小学校に入る前に千葉の流山というところに引っ越しました。そこで小中高と過ごして、大学は埼玉でしたね。大学2年生くらいで一人暮らしを埼玉で始めて6年通って中退し、その6年生辺りでバンドを始めてライブハウスに出るようになり、5年ほど続けて解散し、バックドロップシンデレラを結成して今に至るって感じです。

ー部活は何をやっていたんですか?

渉:小学校の時からずっとスイミングをわりとガチめにやっていました。中学までは純粋な水泳部で、高校も一応水泳部に入ったんですけど、そこはなぜか水球部で。水球は途中で辞めてそのままカバーバンドとかコピーバンドとかをやるようになりました。

ーコピバンは学校の文化祭とかで披露されていたんですか?

渉:なんかね、高校で組んだバンドは中学校の頃の友人と組んだんで学校バラバラだったんですよ。だから出演資格がなくて、後夜祭の大きなステージで全校生徒の前で晴れ舞台、みたいのはなかったです。隅っこでやるような裏のやつにゲスト的な感じで細々出演していました。どっちかと言うと、ライブハウスでやっていましたね。コピーバンドでも出られるライブハウスに。例えば、千葉の柏ALIVEとか。頑張って友達を呼んで。

ーでも、その頃ってコピーバンドでもめっちゃ盛り上がるんすよねぇ。

渉:そう、内輪だけで(笑)。

ー何をコピーされてたんですか?

渉:何でもやりましたね。ありがちだと思うんですけど、メンバー1人1人がやりたい曲を持ってくるような感じで、BOØWYやってエアロスミスやオジー・オズボーンもやればニルヴァーナもやって、BUCK-TICKやって。たまにノリだけで作ったオリジナル曲みたいなのも最後の方には1、2曲はあったりしていたんですけど。

ーギターは何歳から弾いているんですか?

渉:16歳です。高校に上がると同時くらいです。

ーまずはギターからって感じで楽器を選んだんですか?

渉:最初はベースだったんですよ。そもそもBOØWYがやりたかったんですけど、半年間くらいやって、ある程度弾けるようになっちゃって。で、ギターの友人宅で弾かせてもらっているうちに僕もギターを弾きたくなってきちゃって。そこで、他の友人を誘って、そいつにベースを貸し、自分はギターを買ってツインギターでやっていました。

ーギターはやはり布袋寅泰モデルを??

渉:いや、レスポールでした。

ーなるほど。ちなみに渉さんの趣味は何ですか?

渉:水泳以外だと歴史とか調べるの好きですけどね。あと漫画めっちゃ読みます。映画も好きですね。

ーなんか最近観た映画で面白かったのはありますか?

渉:去年映画館でめっちゃ笑ったのは『翔んで埼玉』と『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』っていうスウェーデン映画ですね。タイトルまんまですけど、メタルバンドの話で。



渉:この"北欧から届いた『ボヘミアン・ラプソディ』へのファイナルアンサー"ってヤバいですよね(笑)。

ーヤバすぎますね(笑)。ちなみにペットはいますか?

渉:いないんですけど、飼うとしたら犬ですかね。犬も猫もどっちも好きでバンドマンは猫好きが多いので僕の場合は犬で。秋田犬的なルックスの和犬とかいいですよね。雑種でもいいんですけど。

ー歴史好き、ということで会ってみたい歴史上の人物は?

渉:好きなの大久保利通なんですよ。なんて真面目な人なんだろうって。

ーやっぱり幕末の人っすよね。ペリーと話をしていた世代の。

渉:いや、戦国時代の方が好きなくらいなんですけどね。生きるか死ぬかのヒリヒリ感があるんで好きなんです。幕末って青春群像劇っぽいところがあるじゃないですか。ヒロイズム的な感じが漂うなか、大久保利通は自分に酔わずに実直にやることやって日本を作り上げた感じが好きです。

ーでは、好きなお酒は?

渉:レモンサワーですかね。……いえ、本当はビールです。スーパードライです。最近コロナ太りがやばくて糖質をカットしようという試みです。

ー自身を物に例えるならば?

渉:豆電球。小さいテリトリーでちょっと光っているみたいな感じですかね。ちょうどいいなって。


_K__0503本データ
_K__0439本データ


最終的にはライブハウスが良くなった そう言って終わることができれば


ーでは、ここから現在の池袋Admについて教えてください。ステージがファンシーですね。

渉:緊急事態宣言が出るって聞いた段階、少なくとも1ヶ月間は全部休業になるというときに、じゃあもうYouTubeスタジオにしてしまおう、と。配信をやろうって考えたときにライブハウスの配信って大体壁が黒いので画面が暗いじゃないですか。うちはそこを明るい感じでやりたいと思ったのでスタッフに「幼稚園や保育園みたいなのでいいから明るくしてくれ」って言ったらこうなりました。明るくなって良かったです。

ー何なら狂気すら感じますね。あの特大のクマさんの瞳を見つめると。

渉:うん、ここまでやれと言ったつもりはなかったんですけど……。


_K__0524本データ
_K__0541本データ

ーちなみに今日着てらっしゃるTシャツは?

渉:Admで5月20日まで通販していた「いのちまもろう Tシャツ(黒)」¥3500です。BASEを活用して展開しています。このグラフィックを描いてくれたのは友人のデザイナー、原田ちあきさんです。手洗いうがいをテーマにってオーダーで、このデザインを上げてくれて。天才ですよね。

このTシャツはすでにSOLD OUTしているが、下記がAdmの公式期間限定ショップだ。 https://ikebukuroadm.base.shop/

_K__0469本データ
_K__0543本データ

ー最後に、こういった状況下ですが、Admとして今後やっていくことや運営について現段階で考えていることを教えてください。

渉:今後どうなっていくかわからない時代ではあるんですが、こうして皆さんに助けていただけるのも最初の段階だけだとは思うので、この状況が3ヶ月、半年、1年と長く続いていくことを仮定すると、この状態でもちゃんと商売して成立させないといけないんですよね。配信ライブをやったり、YouTubeでふざけるにしたってエンターテイメントとしてお客さんに求められるものにし、お金が入るっていうシステムを作らなくちゃいけないなと。それをどういうクオリティにしていくのかを考えています。ただ、この状況で初めて配信ライブをやってみて、こういう楽しみ方があったんだってことを日々発見しているんですよ。ネット上でリアルタイムでお客さんとワイワイチャットしながら、パソコンを介して色んなところを見ていくのも面白みがあるものなんだってことを知れたのは良かったです。この面白さをより高めながら、ライブハウスの運営可能な状況を見つつ、それを配信で補いつつってことができる状況になるかもしれないですし。



渉:もちろん、1番はお客さんを満員にできるイベントがやれることなんですけど、それができるようになるまで、あの手この手で存続できるだけのお金を稼ぎつつ、配信の世界を勉強しつつ。今は試行錯誤をしながら挑戦を続けている状況ですが、コロナが解消された後に、音楽やライブの楽しみ方の幅が広がって、結果としてライブハウスが良くなったねって感じで終われたらいいですね。


_K__0562本データ

現在、Ikebukuro Live Garage AdmではYouTubeチャンネルを開設し積極的に配信を行っているので下記よりチェックを。

https://www.youtube.com/c/LivegarageAdm
同時にツイキャスも行っている。
https://twitcasting.tv/adm1000pai

Ikebukuro Live Garage Adm


東京都豊島区東池袋1-22-1GSハイムB1F
03-3983-9387
live@adm-rock.com
http://www.adm-rock.com/



THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION ARCHIVE

Vol.01 Jun Yoshizaki from LIVE HOUSE FEVER
Vol.02 Naomi Fujikawa aka FUJINAMI