Hi-STANDARD “Screaming Newborn Baby Tour” LIVE REPORT!!
Report by 矢島大地
Photo by 西槇太一、岸田哲平
2026.4.19
Hi-STANDARD Screaming Newborn Baby Tour @神奈川 Kアリーナ横浜
「ナンちゃんが言った『このままじゃ終われない』っていうのは、実にハイスタ的な思考なのよ。そのマインドに至るまでのエネルギーは並大抵なものじゃないけど、ナンちゃんはピュアだから、『このままじゃ終われない』っていうところに行き着くためのエネルギーを真っ直ぐに見せてくれたんだよね」(横山健)
「Hi-STANDARDはいろんな人に影響を与えてきたバンドなんだよなって思い返して。今の40代、50代にも悩んでる連中がたくさんいて、俺らの周りにも、大変なことに直面してるヤツがいる。そういう人達に『ハイスタいなくなるのかよ』って思われたくなかったし、俺らも越えてきたぜ、まだまだ行くぜっていう気持ちを伝えて着火したかった」(難波章浩)
これは、『Screaming Newborn Baby』リリースの際に行ったインタヴュー中に発せられた言葉達である。2023年2月に恒岡章が急逝し、最強のトライアングルはその礎自体を揺るがされた。そうしてバンドとしても人間としても想像を絶するほどの痛みを負った難波と横山は、難波が発した「このままじゃ終われないよ」という言葉のもとに切実な覚悟でもってHi-STANDARDを動かし続けることを決め、2023年のSATANIC CARNIVAL、そして2024年3月のNOFXラストツアーにサポートドラムとして招いたZAXを正式メンバーとして迎え入れ、新しいHi-STANDARDとしてスタートを切ることとなった。あの頃の3人のグルーヴを希求するのではなく、恒岡の魂を引き連れた上で明確に「ハイスタは生まれ変わった」と受け入れることが新たな衝動になり、新作『Screaming Newborn Baby』は、それぞれの心ひとつで音を呼び合う「生き物」としてのバンド感、獰猛な速さ、そして何より歌のキレが沸点を突破して昇っていく作品に。そもそも2023年にリリースした“I’M A RAT”の時点で「人生の第4コーナーを回って最後のストレートに入った」という気概を持ってHi-STANDARDの活動に臨んでいたこと、人生がゼロ地点に戻ってしまうような悲しい出来事を超えたこと、そして年齢を重ねていく自分達に抗うのではなく真っ向から受け入れたこと。そのすべてが合わさり、Hi-STANDARDは伝説的なバンドとしての帰還とは違う、リアルタイムの人生ドキュメントを鳴らしまくる生命体としてステージに還ってきたのである。2017年に行われた『THE GIFT』のツアーファイナルで「誰かが死ぬまでハイスタは畳まないからな!」と言い放った横山の姿は今も脳裏に焼きついているが、2026年、『Screaming Newborn Baby』ツアーを走り抜けてきたHi-STANDARDは、まるで「魂が果てるまでハイスタはここに在る」とでも言わんばかりの気迫を放ち、その気迫が年齢も世代も属性も超える歌の花火になって打ち上がり続けるライヴを繰り広げてきた。歌でユナイトするーー言葉にすれば簡単だが、ハイスタにとって初のアリーナ公演を交えて開催された『THE GIFT』ツアー以降、どれだけ規模の大きいヴェニューだとしても歌によって心に近接し、90年代のハイスタが徹底的に嫌っていた柵(=制限と言い換えていい)があったとしても歌一発で突破できると証明してきたのは彼ら自身だ。難波、横山、恒岡、ZAXにとっても生き様の結晶たる神聖な場所だったハイスタをあらゆる人に対して開き、歌のもとに集合できる人生の広場に変化させていった経過もまた、冒頭の難波の言葉は表している。大変なことに直面してるヤツらに対して、俺らも越えてきたぜっていう気持ちを伝えて着火したいーーそれはつまり、自分の人生を3人だけの音空間に限らず、ハイスタの音楽を愛する人々とすべてシェアする覚悟だ。すなわち、自分の人生を洗いざらい曝け出す音楽としてハイスタを改めて定義し、その心の動き自体がハイスタの新たな衝動となって巨大な歌に昇華されるようになったのだと思う。とにかく歌、歌、歌。大きな声、大きな熱の塊。4月19日のKアリーナ公演はまさに、ステージの3人だけではなく、その場に集った2万人全員の阿吽がグルーヴになって膨らみ続ける凄まじいライヴだった。

90年代からハイスタのライヴに赴いていたベテラン勢はもちろん、今現在ライヴハウスを駆け回っているキッズの姿。家族連れはスタンドでどこかのんびりと過ごしている。世代を問わず未来だけを見据えて生きていくためのパンクロックたる所以は会場を見渡すだけで伝わってきたが、ライヴ前のSEで“Blitzkrieg Bop”(Ramones)が流れ出した頃には<HEY HO LET'S GO>の大合唱が生まれる。小さな子供がそれに合わせて小躍りしている様子も素敵だ。Hi-STANDARD、それも新しく生まれ変わったHi-STANDARDの産声たるツアー。そのファイナルを目撃できるという事実は、ハイスタを愛する人々にとっても新たな門出のような気持ちを覚えるものなのかもしれない。逆に言えば、それほど人々の人生に寄り添い、人生のサウンドトラックとして鳴り続けてきたHi-STANDARDの凄まじさは開演前からすでに充満していた。
難波の「今日はいろんなところから来てくれているね。……旅を始めようぜ」という言葉でライヴがスタート。難波のストレートでピュアな性格ゆえだろう、いつだって難波の言葉は次にプレイする曲をそのまま表す。難波自身も「難波のMCですぐ次の曲がわかっちゃうって笑われるんだよね」と自虐的に笑っていたが、それは、いつだって自分達の今の心を表す楽曲をクリエイトし続けてきたことの証明である。旅の終わりであると同時に、この先への旅の始まりでもある。そうやって何度でもハイスタは立ち上がってきたのだ。

そうそう、上記のMCでおわかりだと思うが、オープニングナンバーは“Endless Trip”である。そこに“All Generations”を続け、ハイスタ世代といった言葉はすでに不要、今ここにいる誰もが今を生きる同志であることを提示。さらに立て続けに放った“Song About Fat Mike”ではNOFXをストレートにオマージュしたイントロのギターが鋭く空間を切り裂き、それを猛追して追い抜くほどのスピードでZAXが走り、これもまたNOFXへのラヴレターとしてオマージュされた<Ah Ah>のコーラスを観客がとにかく歌う。ラストのサビでは横山のギターフレーズと難波の巨大な歌がデッドヒートを繰り広げるようで、三位一体というか、三位が同じスピードで前に爆走し続けるハイスタ特有のスピード感が一気にトップギアに入った。

これはハイスタの不思議さであり解明不能なところだが、BPMとは違う「音のスピード」がとてつもなく速い。しかも、正式加入して1年とは信じ難いほど、ZAXのドラムがそのスピードを牽引している。さらに驚いたのは、誰かがつんのめったりシャープしたりした瞬間、瞬時にその音を全員がキャッチし、ついていくのである。感覚的な話だが、その阿吽のスピードがテンポよりも音よりも速く、まさに生き物としてのバンドがステージ上で躍動していた。あらゆる音が歌っている。生きている。“Fighting Fists, Angry Soul”でビートが走った瞬間も音の中で目を合わせ、楽曲がさらに前へ前へと猛進していく。ぐちゃぐちゃのピットの熱気と大合唱もそこに加わり、Kアリーナ全体が視覚的にも感覚的にもうねっているようである。

「いやあ、Hi-STANDARDですって言えるのが嬉しいね」(難波)
「足とか挫いてんじゃねえだろうな? 腰痛いとか言ってんじゃねえだろうな? ……まあ、ほどほどに頼むよ。ハハハハッ!」(横山)
「ご時世的にモッシュ禁止とか言われてるけど、関係ねえよ。スタンドの人は落ちないようにね。でも気持ちだけはこっちに来てよ?」(難波)
「俺がやりたいのはハイスタ。来年もハイスタをやりたい。今年もまだフジロックあるし、AIR JAMもある。さらにヤバい新曲も作りたいよね。アルバム作る? 意外とアルバム少ないからね、ハイスタは」(難波)
「ま、それもいいじゃん。大物らしくて(笑)」(横山)
「俺らって大物?(笑)。おじさん?」(難波)
「ステージ出てくる前、『しょうもねえおじさんってとこを見せるしかねえよな』って話をしたのにね(笑)」(横山)
「しょうがないじゃん、おじさんになるの初めてなんだから」(難波)
難波と横山が掛け合うだけの短いMCの中にも、ハイスタとして在ることへの感謝と幸せ、未来だけを見据えている姿勢、観客に対して開かれたフランクな在り方などなどが滲む。その上で鳴らされた“Growing Up”は、リリースされてから30年が経った今も変わらぬ「覚悟を決めて行く」という生き様の歌である。その“Growing Up”の最後、横山は観客のほうに両手を差し出すようなアクションを見せたが、これは一瞬の出来事ではあったものの、ここまで述べてきた今のハイスタを端的に表す場面だった。人生を共にし、歩める人がいることへの頼もしさ。そしてその歓びを徹底的にシェアしたい。そんな気持ちが歌と動きと音に表れ、鳴っているのは獰猛な爆音なのに、その音は総じて温かく心に触れてくるのだ。
さらに“The Gift”を続け、誰しもに与えられたギフトがある、すなわちお前だけの人生を堂々と輝かせるんだというメッセージを放つ。“California Dreamin’”では必殺のギターソロ一閃、それを飛び越えるほどのデカさとキレを誇る難波の歌声が鳴り響く。「踊ろうぜ!」という言葉から傾れ込んだ“The Pink Panther Theme”では一転してじっとりとしたグルーヴを聴かせ、ビルドアップする後半のスピードを保ったまま“I’M A RAT”へ。「We are Rats!」と叫んだ難波もまた、“Growing Up”を客席に捧げた横山と同じ気持ちだっただろう。はみ出したネズミが世界をひと噛みする瞬間、そんな瞬間にロマンを見て俺達は生き続けているのだと。ネズミの動きをして見せる様はチャーミングだが、そこには一貫して「人生に喰らわす」とでも言わんばかりのファイティングポーズがある。
ハイスタはあらゆる壁を打ち砕いてきたバンドだ。統計上ではメジャーデビューを果たしたバンドが最も多かったと言われる1991年に結成され、たくさんのバンドがライヴハウスを離れていった後に自分達だけの音楽を鳴らすことを志し、メジャー/インディーズ、オーヴァーグラウンド/アンダーグラウンドの垣根が今よりも明確に可視化されていた時代に完全自主による天下統一を果たした。さらにパンクロックとはこういうものであるという型に囚われないソングライティングを発揮して、友情も夢もラヴソングも、オールディーズもドゥーワップもブルースもごちゃ混ぜにしながら爆走していった。そして「好きなものは好き、それを自由に打ち上げろ」という姿勢自体がメッセージになり、それがストリートカルチャーと共鳴し、それがユースを巻き込む大きな衝撃波となって、何しろあらゆる型とか枠を壊していった。だからこそハイスタは柵を嫌い、誰かの管理下で自由を縛られることを徹底的に拒絶し、自分だけの自由を掴む姿を何よりのメッセージにしてきたのだ。だが。今のハイスタには「拒絶」よりもむしろ「受け入れる」姿勢が強烈に宿っている。それが表れた“Growing Up”であり、“I’M A RAT”であり、「しょうもねえおじさんってとこを見せるしかねえ」という言葉なのである。今を受け入れて、命の限り生きると腹を括ること。そこから自分の人生の自由が生まれていくと、ハイスタは壮絶な道のりの果てで鳴らしているのだ。難波の言う「ハイスタがあれば何も要らない」という言葉も、彼自身がその自由を謳歌できている喜びの証明なのだと思う。

“The Sound Of Secret Minds”でも大合唱を巻き起こし、いかりや長介の感じで“A Ha Ha”をコールしてタイトル通り笑顔まみれのピットを生み、“Pentax”では「税金を払わねば」と訴える歌の最後に<life is fickin’ hard>とつけ加え、ユーモラスな歌唱ではあるもののリアルな重みもそこに宿る。“My First Kiss”では会場全体が揺れ、小さな子供もお父さんお母さんに合わせて小さな拳を掲げている。さらには“Teenagers Are All Assholes”に傾れ込み、イントロ前に<OH ニッポン>というチャントをくっつけて見せた。この<OH ニッポン>のチャントは『THE GIFT』ツアーで珍しく恒岡がMCを務めた際にキックを踏みながら歌ったもの。その最後に恒岡が「メンバーも、みんなも、愛しています!」と叫んだことも含めてメモリアルな場面なのだが、そのチャントを鳴らすとはつまり、今も恒岡の魂はこの音楽に宿っているのだというメッセージだろう。そこから加速して爆走した“Teenagers Are All Assholes”は言わずもがな大爆発で、名前のない踊りも、どこから飛んだのかわからないダイバーも、もはや何語かもわからないけれど叫ぶしかねえといった様子の連中の歌も、全部まとめて巨大な熱の塊になってKアリーナを喰らい尽くしていくようだった。ずっとトップギアなのは当たり前、俺らが見たいのはその先だ。そんな様子のピット、スタンド、ステージの狂騒である。破裂している。先ほど今のハイスタには「拒絶」がないという書き方をしたが、もっと言えば、何かにぶつかっていく力以上に、目の前のものを真っ直ぐに抱き締める力を今のハイスタは信じているのだと思う。苦しかったこと、届かなかったこと、やり場がなかった想い。その全部をお前のエネルギーにして、ここに炸裂させて、そうして前を向いて生きていけと。照れもせず書くが、愛の力の巨大さを強烈に感じるライヴである。
“Stand By Me”では難波の祈りのような歌と同時に横山の歌唱が天を衝き、恒岡へのレクイエムがグングン上空へ昇っていく。“Stop The Time”では、本来ラヴソングとして響いていた歌が今一瞬を全力で愛するための歌として染み渡る。その上での“Another Starting Line”は、リリースから10年経った今、さらにハイスタのアティテュードを示すアンセムとして巨大化している。“Brand New Sunset”もとにかく美しかった。2011年の再始動以降は難波がサビを低いラインで歌うことが多かったが、この日は難波が高いラインをグワッと歌い上げ、それに掛け合う横山のコーラスもことさら美しく響いた。かと思ったら「みんな、ハイスタの妖精になってください! 恥ずかしがらないで〜! 降ろして〜!」という難波の謎MCが炸裂し、観客総出で“Tinkerbell Hates Goatees”を踊る、踊る。もう、リミッターゼロだ。その限界突破を表すように「さあ行くよ、宇宙まで!」という言葉を放ってプレイされた“Starry Night”、「これからも俺達の歌を歌っていこう」という未来へのメッセージと共に放たれた“Our Song”。そして、「歌ってよ、これからも歌ってよ。俺は健くんのギターの横で歌えて幸せだよ。ZAXもハンパないよ」(難波)、「俺っぽくない言葉だと思われるかもしれないけど、ハイスタでいれることが凄く幸せです。失くすものもあったけど、ZAXを迎えて、音源を出して、こんなに人が来てくれてさ。嬉しいよ。ありがとうございます」(横山)、「俺らからのありがとうを込めて行っちゃうから。来いよ? 忘れんなよ? 輝くのを忘れんな」(難波)という万感のMCに続いて叩き込まれた“Stay Gold”。リミッターゼロの向こう側というか、ステージ上もフロアも一体となって今の歓びをぶつけ合うような空間が生まれていった。輝くこととは、尊大な夢を叶えることだけか? そうではなくて、自分の命をこうして掲げることこそが日々を歩むための輝きになっていくのだと、そんな人生の歌としてハイスタはいまだ巨大化し続けているのだ。そんなことを感じる、黄金のアンサンブルだった。“Maximum Overdrive”を続け、本編ラストは“Can’t Help Falling In Love”だった。
そうしてステージを降りた3人だったが、本編ラストで難波が述べた「愛さずにはいられない」という言葉をそのまま表すように、かなりのスピードでアンコールに応えてステージへカムバック。「さっき、ハエがいたんだよ。今の時期に」「あれ、恒ちゃんが来ちゃったかな?」というMCを交え、恒岡に届けるというよりも今ここで一緒に鳴らすんだと言わんばかりの“Dear My Friend”をプレイした。さらに、恒岡への想いを綴った“Moon”を披露する際にはーー。
「みんなハイスタだよね。みんなハイスタ」(難波)
「それは乱暴だよ。違います」(横山)
「みんなハイスタだよ!」(難波)
「気持ちはみんなハイスタと一緒だってことだよね?」(横山)
「こうなったらみんなハイスタなのよ! なんやかんや言って、みんなハイスタなんだよ! いや、みんな恒ちゃんなのよ!」(難波)
「いやいやいやいや! それはもっと乱暴!」(横山)
「けっこうみんな恒ちゃんなのよ!」(難波)
という、ハイスタらしい(?)ワケのわからない掛け合いも。恒岡に捧げた曲をプレイする際にもシリアスになることはなく、音に祈りを捧げつつもユーモラスである。笑顔がある。そのことにこそ、ハイスタの未来の光を感じてしまう。横山と難波の「噛み合っていないことが噛み合っている」不思議なやり取りと“Moon”が放つささやかな輝きに、この先を生きる力強い眼差しが宿っていた。素晴らしかった。そんなひと幕に続いて“Close To Me”を披露し、ついにツアーファイナルが終了したーーかのように思ったが、観客の3割程度が退場し始めたタイミングで、なんと再び3人がステージに登場。急いでフロアに駆け戻る観客はその勢いのまま飛び上がり、驚きと喜びと笑顔ですべての線を超えていく。そこでプレイされた“My Heart Feels So Free”の通り、ピースフルな衝動によってあらゆる制限をとっぱらい、自由を描き出して見せたのだ。自由とは与えられるものではなく、それぞれが自分の心に描き出すもの。そんなメッセージこそが、ハイスタの真髄だ。喜びの暴動。そんな言葉がぴったりな空間である。「みんな歌えるよ。歌えるんだよ!」――歌えること。声を打ち上げられること。それはつまり、生きているということ。それだけを伝えるために、命の全部を叩きつけるような、そんな時間のように思えた。
「カテゴリーなんて関係ねえよ! 何がロックだの何がパンクだの、定義じゃねえ! 俺達がHi-STANDARDだ!」(難波)
そんな言葉から雪崩れ込んだラストナンバーは、“Just Rock”。獰猛なショートチューンを鳴らし終わった後、3人は別れを惜しむようにピットに身を投げて観客と触れ合っていた。線は超えるためにある。そんな言葉が絵空事ではないと伝えるような、自由とか愛とか幻のように思ってしまうものに手を伸ばすエネルギーを引っ張り出すような、そんなハイスタのロマンに満ち溢れた一夜だった。
