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ONE'S PROPERTIES Vol.03:豊島”ペリー来航”渉 from バックドロップシンデレラ

ONE'S PROPERTIES Vol.03:豊島”ペリー来航”渉 from バックドロップシンデレラ
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ONE'S PROPERTIES Vol.03:豊島”ペリー来航”渉 from バックドロップシンデレラ

SATANIC ENT.がお届けするアーティストのルーツを多方面から追究する企画、ONE'S PROPERTIES。第3回目は池袋のライブハウス、Ikebukuro Live Garage Adm(以下、Adm)の店長としても働いている豊島”ペリー来航”渉、後編の特集記事。ここでは、豊島”ペリー来航”渉の音楽的ルーツから、バックドロップシンデレラがどのように現在の音楽を獲得していったのかを教えてもらう。

ライブハウスでの仕事に関する記事は下記よりチェックを!! THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION Vol.03 豊島”ペリー来航”渉 from Ikebukuro Live Garage Adm

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about NOW&ROOTS

地元で活躍していたヌンチャクのライブ


ー現在のバックドロップシンデレラの状況を教えていただけますか?

豊島”ペリー来航”渉(以下、渉):4月に7thシングル「新米美容師の彼女」をリリースし、5月10日に5thライブDVD『よりお台場でウンザウンザを踊った』をリリースしました。コロナの影響が無ければ4月から"新米美容師とウンザウンザを踊るツアー"を5月末まで周っている予定だったんですけどね、全キャンセルになり6月以降の活動はどうなるんだろうって段階です。きっと他バンドさんと同じような状況ですね。ただ、(特別な状況を除いて)僕らの活動は毎年やっていることがあまり変わらないんですよ。大体、4月頃にシングルをリリースし2ヶ月ほどかけてツアーを周って秋にアルバムかミニアルバムを発表して、また4ヶ月くらいツアーを周って、って活動をここ4、5年ほど同じルーティンでやっています。2020年も同様の活動を続ける予定だったんですけどね。


ークソッタレコロナのせいで先の話が決めにくい世間ですよね。では、ここからは渉さん自身の音楽的ルーツについて教えていただけますか?

渉:振り返れば6歳年上の兄の影響があるかもしれないですね。兄貴の時代がまさにBOØWYとか、いわゆるバンドブームがあった世代でユニコーンとか日本のバンドを聴きつつ、洋楽にハマって当時流行っていたハードロックを聴き込んで。高校2年の頃はヌンチャク(※)が好きでしたね。1stアルバム『ヌンチャク』は本当によく聴いていました。当時、千葉の流山に住んでいたんですけどヌンチャクは柏ローカルですぐ側で活動しているバンドだったので柏ALIVEに観に行ったりしていましたね。そんな中、高校3年生でHi-STANDARDの1stアルバム『GROWING UP』を聴いてメロディックハードコアパンクと出会って。
※現kamomekamomeのVo、向達郎が在籍していた伝説のハードコアパンクバンド。拠点は千葉県柏市。AIR JAM '97にも出演している

ー聴いていたハードロックは具体的にどんなバンドだったんですか?

渉:MR.BIG(ミスター・ビッグ)やAEROSMITH(エアロスミス)の「Eat The Rich(※)」とかが流行っていて聴いていました。
※1993年リリースの11枚目のアルバム『Get A Grip』収録楽曲


渉:あとはメタルですね。METALLICA(メタリカ)とか。そういうのをバーっと聴いている中でやってきたのがメロディックハードコアパンクで、なんかスカーン! ときましたね。『ハッ! なるほど! こうやればいいのか』っていう衝撃がありました。同時にNIRVANA(ニルヴァーナ)を聴いていて、メロディックハードコアパンク熱は1年ほど続いた後、UKムーブメントと共にそっち側にいってしまうんですけど。

ー10代の頃から好きで今でも聴くようなアルバムは何ですか?

渉:METALLICAのブラックアルバム(※)はやっぱり好きですねぇ。THE OFFSPRING(ザ・オフスプリング)の『Smash』とか、たまに聴いたらテンション上がりますし。Radiohead(レディオヘッド)とか。ハードロックだとSKID ROW(スキッド・ロウ)やGUNS N' ROSES(ガンズ・アンド・ローゼズ)の1stアルバム『Appetite for Destruction』とか好きでしたしね。今は1人で聴きこむってほどではないんですけど、お酒を呑んでいるときにかかったら楽しいなって。
※1991年リリースの5thアルバム『METALLICA』。通称、ブラックアルバム



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ーライブハウスの文化やこのシーンへの出会いは、やはりヌンチャクだとか、その辺りのバンドになりますか?

渉:そうですね、ヌンチャクだと思います。ただ、当時は僕も積極的にバンド活動をしていたわけでもなかったし、ライブハウスで活動するということをやっていなかったので、ヌンチャクが好きでそのまま知り合いになりライブハウスに流れ込んできましたっていう美しいエピソードとかがないんですよ。大学を辞めるタイミングでバンドをやっとこさ組んで、ライブをやりながらこのシーンに入っていった感じです。

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about BAND'S ROOTS

ウンザウンザと民族音楽


ーでは、バックドロップシンデレラ結成当時のことを教えてください。

渉:僕が前にやっていたバンドがあって、メンバーチェンジも何度かあったんですが、その最後のベースがアサヒキャナコ(バックドロップシンデレラ Ba&Cho)で、大学の後輩でもあります。で、当時はブッキングマネージャーとしてAdmに勤務していたんですけど、そこでよく呼んでいた若いバンドで、でんでけあゆみ(バックドロップシンデレラ Vo)と鬼ヶ島一徳(バックドロップシンデレラ Dr&Cho)の2人が在籍するバンドがあったんですよ。そのバンドが僕はわりと好きで。ある時期に、自分のバンドのドラムが活動できなくなり、彼らのバンドもギターとベースが抜けてライブができなくなった時があって。それで、合体してみようかってことで一緒にやることになったんです。互いの音楽性もちょっと変えて。僕はそれまでフロントマンだったんですが、Gt&Voに変更して、2006年にバックドロップシンデレラがスタートしました。

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ーバックドロップシンデレラの初期作品は現在では廃盤になっているものもありますが、結成当初はどんな音楽性だったんですか?

渉:明確に目指すべき音楽を話し合ったというわけではないんですよ。でんでけあゆみと鬼ヶ島一徳が前にやっていたバンドが、だいぶアクの強い青春パンクを彷彿させるオルタナティブロックだったんですよね。……いや、でんでけあゆみのキャラクター的にオルタナ的に見える部分があった、という方が正しいですかね。で、そのバンドは歌もめちゃくちゃだったんですけど、でんでけあゆみのパフォーマンスがすごくて。フロントマンってこういう感じなんだろうなって思って一緒にやってみようと思ったんですけど、歌うのは彼なので、彼がやりたい音楽を形にアレンジなどの面で形にしてあげるってことをやっていました。今の音楽性とは違う感じでしたね。

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ーその後、現在に至るまでにバンドの方向性が変わってきたのにはどんなストーリーがあったんでしょうか?

渉:そうやって4、5年活動を続ける中で、どうやったらバンドを大きくできるかなってことを考えた時期があったんです。その当時、僕はFLOGGING MOLLY(フロッギング・モリー)やTHE POGUES(ザ・ポーグス)だとか、ラスティックやアイリッシュパンクを好んで聴いていて、さらにはジプシー(ロマ)音楽が大好きになっちゃったんですよ。そういう空気感のある音楽を4人編成のバンドでやってみたら面白いかもって考えて徐々に僕が作曲面を担うようになっていったんです。そしたら、いつの間にか"ウンザウンザ"みたいな言葉とかも出てきちゃって。ウンザウンザ言い始めたらお客さんが踊るようになってきて、これは楽しいなって。



ー民族音楽が影響を与えているというのは、現在の楽曲からも感じられる気がします。

渉:下地にハードロックやメロディックハードコアパンクがあり、FLOGGING MOLLYが入口となってワールドミュージックが好きになってしまったんですよね。メキシコやアフリカの変なバンドとか。そのヘンテコなニュアンスをちょっとでもバンドに持ってこれたら面白いと思ったんです。基本的には普通のロックサウンドであっても、そこにひと味ちょっとしたクセをつけることができればいいな、と思ってやっていますね。

ーバックドロップシンデレラと言えばの"ウンザウンザ"ですが、改めてその由来を教えていただいてもいいですか?

渉:これはEmir Kusturica & The No Smoking Orchestra(エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ)の楽曲「Unza Unza Time」から来ているんですよ。その曲を僕が聴いて感動し、メンバーに「すごいカッコいい曲だ」って聴かせて。もう何ならああいう曲を作ろうってスタジオで話して、できた曲を"ウンザウンザできた"って呼んでたら、タイトルにまで「少年はウンザウンザ踊る」ってつけちゃって。で、それがお客さんにまで広がっていってしまって。

ーウンザウンザが自然に伝播していったんですね。

渉:そう。『ウンザウンザだ、ウンザウンザだ』って言ってもらえるようになり、僕らも逆にそれに乗っかっていこうってことになったわけです。Emir Kusturica & The No Smoking Orchestraはボスニアのバンドなわけで、それこそジプシーサウンドの進化系みたいな音楽性があるんですよね。今でも大好きですね。日本の歌謡曲とかと相性が良い感じがします。

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ーなるほどです。ところでなんですが、バックドロップシンデレラは楽曲リリースを短いスパンで行っているイメージがあります。

渉:確かにペースが早いと言われますね。でも、僕らとしては1ヶ月に1曲作るか作らないかくらいのペースでしかないので、そんなに多いとも思っていないんですよ。音楽をやっているんだから月に1曲くらいは作ろうよ、みたいな気持ちはあります。それでも締め切りに追われたりすることはあるんですけど(笑)。最初にお話した通り、同じルーティンでリリースを行っていると、この時期に何曲できていないとまずいってことが肌感でわかってくるので、このままじゃ間に合わないな、とか。そんなことを考えながら制作をしています。

ーそれぐらい決まったペースでの活動を続けてらっしゃるんですね。

渉:もう農家みたいなものですよ。田植えと草刈りの時期を経て収穫=リリース&ツアーみたいな。それが月ごとに決まっていたので今年は本当にどうしようかなって。でも、逆にちょっとマンネリ化している部分もあったので、バンドとして、そこを変える良いチャンスなのかもしれませんね。

ー今回、前後編2回に渡ってライブハウスから渉さんの音楽性、バンドの現状も教えていただきました。ありがとうございました。前編の連載"THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION"は、このシーンを支えている/作っている人を紹介してもらって数珠つなぎでやっていく企画なのですが、誰かご紹介いただけますか?

渉:では、映像ディレクターのアヅマシゲキ氏にバトンを渡します。バックドロップシンデレラのMVをほぼすべて撮影してくれている監督です。

ーありがとうございます!

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というわけで、2回に渡ってお届けました連載、"THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION"&"ONE'S PROPERTIES"。次回は映像ディレクターのアヅマシゲキさんをシーンの職人さんとして"THE CRAFTMAN SATANIC CONNECTION"としてインタビューします!

どちらの連載も次回をお楽しみに!

豊島”ペリー来航”渉

バックドロップシンデレラ


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ONE'S PROPERTIES ARCHIVES

Vol.02:Kazuki from SHADOWS
Vol.01:Yu-ki Miyamoto from COUNTRY YARD




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